パロアルトの思い出

-MRIの研修を終えて 2000.9-


東北大学教育学研究科臨床心理学講座/生田倫子 

     

はじめに

 この夏、私は単独でMRIに向かった。私は英語力に不安があり、できることならITCでグループ参加したほうがそのような不安は払拭されるだろうと思った。でも、私はなぜかどうしても今年行きたかった。直感が、私にどうしても今年MRIに行く縁があるとささやいたのだった。英会話は勉強したものの最初の一週目は、メキシコ訛りとドイツ訛りに悩まされ後悔した。次第に自分の脳のなかに訛り変換ソフトが生まれたが、それでも完璧に理解したとは言い切れない。しかし、少人数(3人)だったため、私たちはそれぞれのTeacherの個室で講義を受け、みんな学生だったために彼らは気を許してオフレコといえることまで話してくれた。ここに書いたことは、私がMRIにいって感じた中心部分である。教わった内容も是非みなさんと共有したいが、あまりにも膨大であるため別の機会を待ちたい。

1、さまざまな療法のるつぼであるMRI

 MRIというとブリーフセラピーが有名だが、実はさまざまな心理療法の権威のるつぼである.その種類たるや,私が講義を受けただけでも、ワツラウィックやフィッシュが率いるブリーフセラピーはもちろんとして、ジム・スパークらが率いるナラティブ・セラピー、構造派、EMDR、アニマルセラピー、ほとんど精神分析といえるトラウマ・セラピー、ジェンダーの違いを利用したカップルセラピー、など数多くのものがあった。

 あまりにも多くの全く理論背景が異なるセラピーの権威たちに、それぞれの理屈を詰め込まれ、研修生の間には混乱が生じてきた。ランチの間の話といったら、「もう何がなんだかわからなくなってきたよね・・・」というため息であった。それぞれの権威たちは、同じ建物の中にいるにもかかわらず、お互いの理論を全くわかっていないとしか思えないような批判を我々に対して行っていた。多分、彼らは他のグループの理論を聞いたり、お互いに議論したことがないとしか思えなかった。自然と我々研修生の中に生まれた疑問とは、“なぜ、こんなに異なるセラピー理論の人がいて、意見の食い違い、いや少なくとも議論が生まれないのか”ということであった。われわれは、失礼を承知でこの疑問をさまざまな教師にぶつけた。  

精神分析のエバースタインは、「ワツラウィックやフィッシュらのほかのグループには、“おはよう”とか“いい天気ですね”という会話しか交わさないのさ。」という答えだったし、EMDRのミラーは、「他の先生たちは権威だけど、私は本も書いてないから黙ってるの.」という答えであった。しかし、カリーン・シュランガーの次の言葉がもっとも良く彼らの見解を表しているだろう。「私たちは、幸福な家族というわけではない。しかし、同じ意見しかもたない仲間が幸せかというとそうではないでしょう。まあまあってこと。」

 一週目は何がなんだかわからずにすごした私たち研修生は、3人だった。週末にカフェで我々は頭をまとめるため何時間も議論した。オーストリア人の社会心理学者の卵であるアンドレアは、「彼らの治療理論を、他の療法理論と比較してもらうような質問を繰り返すことが引き続き必要だ。」といった。しかし、私はその試みは無駄だと主張した。なぜなら、彼らは自分のグループ以外の治療理論についてまるで理解しておらず、かえって両方から授業を受けている我々の方が詳しいくらいだからだ。私はなぜ彼らがそれぞれの理論を融合しないのか、いや融合できないのかについてひとつの仮説を立ててみた。つまり、「彼らの治療理論の違いは、扱う患者の違いである」という仮説である。「他の療法についてどう思うか?」という質問から、「あなたの患者はどんな人?」という質問にシフトするべきであると考えた。もう一人の研修生のメキシコ人女性ルーサは、カウンセラーだったので私に賛成してくれたが、カウンセリングの現場には興味がなく完全なる治療理論を求めてMRIに来たというアンドレアは変な顔をしていた。しかし、「だいたい哲学でもあるまいし、完全な治療理論を探求するほうが間違ってるよね。」とあとで女性陣は大笑いしたものだ。「彼は、それぞれの治療のトーナメント戦を行って、チャンピョンを決めたいのよ。ばかみたい」と。

 次の週からの授業は、少なくとも私とルーサには実りあるものとなった。私は、それぞれの教師に、「あなたが個人的に見ている患者は、どのくらいの階級や人種(アメリカにはこの用語はとても深く染み付いている)で、どの機関から紹介され、いくらぐらい患者は支払い、どのくらいセラピーを継続するのか、そしてどんな内容が多いのか?」という質問をぶつけた。その答えは、本当に面白いものであった。

ブリーフセラピーセンタ―に来る患者は、彼らの著作を読んで来る人や地元のブリーフセラピーを勉強したカウンセラーに紹介された人がほとんどということであった。治療費のことは、その患者の経済状態によって10ドルから90ドルまで変えるといっていたが、ほとんどの場合50ドルであるようだ。ラテンブリーフセラピーセンターという部門が別にあるのだが、そこの患者はほとんど下層階級のメキシコ人や南アメリカからの移住者の女性である。彼らは何度も警察のお世話になったり彼らの子どもたちの通う学校のカウンセラーにお世話になったりするうちに、政府に申請すれば専門機関に3回だけ無料でカウンセリングしてもらうことが出来るようになる。カウンセラーは、その3回が勝負である。私は、カリーン・シュランガ―の面接を見ることが出来たのだが、クライエントは彼女に3回以内のカウンセリングで多大なことを要求していた。つまり、夫のアル中と、家事を全くしないで居候している娘と、同じくアル中で刑務所から出所したばかりで彼女の家に転がり込んできた娘婿の悪癖と、自分たちに立ち退きを迫っている大家のことを何とかしてくれということであった。カリーン(来年の家族心理学会で招聘予定だそうだ)は早口でまくし立てるような感じで話すので、事情を知らない人にとっては(もうちょっとゆったり話せばいいのに)と感じさせるかもしれないが、私は彼女にこの多大な要求に少しでも答えようとするひたむきさを感じたのだった。

個人の患者はもっと特徴的である。ワツラウィックの患者は、社会的地位の高い白人男性が多く、だいたい彼の著作を読んでMRIに電話をかけてくるということだった(ということは、高学歴で理屈っぽい人が想像できるだろう)。治療期間は、10回以内を目指しているとのことだった(しかし彼は催眠療法も別にしているのでそれに関してはまた別であるようだ)。フィッシュの個人的な患者は、彼の著作を読んだ人や他のセラピストから委託された人たちで、私が何度か患者の顔を見た限りでは(研修生の部屋は、フィッシュの部屋の入り口付近にあったため)ごく普通の中流家庭の女性たちという感じだった。回数に関しては、彼は厳格に10回以内で、(他のカウンセラーが言うには)彼の提案した介入をしてこなかった時点でカウンセリングを終了するらしい。見かけによらず思考的にマッチョなのだ。

ブリーフセンター以外に関して、EMDRのミラーのところに来る患者は、EMDRを紹介した本(アメリカの一般書店でたくさん発売されていた)を読んでくるとのこと。患者は、サンフランシスコの地震のショックにいまだ悩む女性が多いとのことである。治療費は一回50ドルだそうだ。アニマルセラピーは、犬をはじめとする動物を使って心を和らげようというもので、他人に対して心を閉ざしてしまった子どもに効果があるという。また、家族が飼っているペットをも含む悪循環図を描き介入したりもする。費用のことは聞きそびれた。トラウマ療法のエバースタインの患者は、彼が元警察官だったということもあって、警察に保護された幼児虐待を受けた子どもが多いとのことだった。そういえばかれも大きな温和そうな犬をいつも連れていて、子どもを犬と遊ばせることも多いということだった。(アニマルセラピーのローレルが彼の治療を知ったら、アニマルセラピーだと言うであろう。かれとは階段ですれ違ったことしかないようであったが・・)クライエントとなる子どもは、元部下の警察官が彼のところに紹介してくるといっていた。期間は無期限、つまり子どもが治癒したとカウンセラーが感じるまでだということで、警察が政府に申し入れるためどんなに長い期間でも費用は政府が支払うそうである。幼児虐待に関するアメリカ政府の力の入れようがわかる。ナラティブセラピーについては、残念なことに2週目以降授業がなかったので聞きそびれた。がほとんどが、南アメリカ人か黒人の下層階級だろうと思われる。ラテンブリーフセラピーセンターと患者の層がかぶっている。

私が感じたのは、つまり治療理論の差はクライエントの差によるものも大きいということである。それを抜きにただ治療理論だけ比べて戦わせて(?)も意味がないのである。しかしくだんのアンドレアは、私たちがそのような質問をしている間ずっと貧乏ゆすりをしていた()

2、民族の違いが生み出すセラピー

カリフォルニアにはたくさんのプエルトリコ、つまりスペイン語しか話せない移民がたくさんいる。彼らへのカウンセリングができるグループは、ラテンブリーフセンターのスタッフとナラティブセラピーセンターのスタッフである。彼らはスペイン語でプエルトリコたちにカウンセリングを行うのである。

ラテンブリーフセラピーセンターのスタッフは,両親はアメリカ人やドイツ人だけれども事情があってメキシコに何年か住んでいた、というカリーン・シュランガーとバーバラである。彼らは、フィッシュの指導を受けたカウンセラーであり、ブリーフセラピーの基本を忠実に守っている。違いといえば話す言語がスペイン語というただそれだけである。

それに対して、ナラティブ・セラピーを率いるジェシーやジムなどのグループは、ほとんどが南アメリカ,特にメキシコやベネズエラからやってきたカウンセラーである。つまり、ネイティブのラテンアメリカンである。この、ネイティブのスタッフとそうではないスタッフという違いに注目してもらいたい。これが後に大きな差を生むもととなる。

ラテンブリーフセンターとナラティブセラピーセンターの関係は、なんとも微妙なものである。もちろんブリーフセラピーの方が歴史的に古く、ナラティブセラピーの生みの親でもあるわけであるから、ラテンブリーフセンターのスタッフは、ナラティブの技法など学ぶ気はないように思われる。正直なところナラティブなんて、ブリーフセラピーがもともと持っていた技法などを張り合わせただけだと思っているようである。それに対してナラティブセラピーの面々は、ブリーフセラピーセンターに対して腰が低く、特にジェシーなどはナラティブセラピーとブリーフセラピーの統合をテーマに本を何冊も書いている。このような柔軟な“統合”という姿勢は、一緒に研修を受けていた仲間たちには受けが良かったようである。

それならなぜ、ナラティブの彼らはあくまでブリーフと道をともにしないのか?そのヒントを教えてくれたのは、同じく研修を受けていたメキシコ人女性、ルーサであった。ルーサによると、メキシコ人というのは争いを好まず融和を好み、スピリチュアルつまり“魂の癒し”のようなものを大事にする。精神というドライなものではなくまさに“魂”というのがふさわしい。だから、かれらはドライなアメリカ的カウンセリングが今ひとつフィットしないという気分を味わっているのだという。ルーサによると、メキシコ人のカウンセラーというのは、理屈などよりもむしろ“魂に触れる”というような感覚を大事にするという。だから、ブリーフセラピーセンターとナラティブセラピーセンターの本当の相違点は、理屈ではなくそのスタッフの人種の差が生み出すフィーリングなのだと私には感じられた。

3,ナラティブセンターのワークショップ

その精神的な違いというものを、思わぬところで体験する機会があった。ナラティブセンター(Quinki)が主催して、「トラウマと癒し」というテーマでセミナーを開き、それに参加する機会があった。参加者はほとんどがロサンゼルス・サンフランシスコ付近に住むナラティブのセラピストで、メキシコ人や黒人が多かった。それに、MRIからブリーフセラピーのスタッフも参加した。

まず驚いたのは、演壇の中央に祭壇が築いてあり、大会の開会宣言のときには独特な衣装を来た祈祷士のような人が2人出てきて儀式を行ったことである。ナラティブセンターのスタッフ全員が前に進み、祈祷士が鳥の羽でお香を彼らにまんべんなくふりかけた。次に会場の参加者全員で、祈祷士に合わせて呪文に歌がついたようなものを唱えながら東西南北を向いて合掌した。私はいったいこの異様な雰囲気はなんだろう、もし私以外の全員がトランスに入ったらどうしようと思いながらしかたなく周囲に合わせていた。すると遠く離れたところにいたブリーフセンターのバーバラが、私と目が合うや否や目配せして肩をすくめて見せた。きっとこの“のり”はブリーフセンターのスタッフとしてはついていけないものだったのだろう。私たちは遠いところから以心伝心したのであった。閉会宣言も同じような儀式が繰り広げられた。

しかし驚くのはこれではすまなかった。大会記念講演の後に引き続いて同じ会場で、トラウマを持つ黒人アメリカ女性の独白演劇があった。その女性は小さいときに白人男性にレイプされ、その心の傷から長い間カウンセリングに通っていたのだが、その体験を大勢の人に語ることを勧められたという。

まず、劇はその女性が素裸で腰にほんの少しの蓑をつけ、檻に入っているシーンから始まった。そして、小さいころにレイプされたシーンを(照明はほんの少し暗くしてあったが)ほとんど裸で再現した。その後、彼女のそれからの不幸な人生を歌で歌った。最後に、「Please my soul Back!!(私の魂を返して!!)」と叫ぶと、会場全体がそれに合わせて「Please my soul Back!!」という大合唱になった。最後にはもう会場中が立ち上がってのそれこそ大合唱になったのだ。会場の熱狂したカウンセラーの一人が「私はあなたに何が出来るの?」と叫んだところ、その黒人女性は「募金をたくさんちょうだい!!」といったので、会場中のカウンセラーが演台に押しかけてお札を放っていた。恥ずかしい話だが私はその時も呆然としており、この“のり!”についていけないようではカウンセラー失格なのだろうか、と自問自答していた。そのとき斜め側に座っていたブリーフセンターのスタッフたちと目が合ったのだが、そのとき私はアメリカ人とでも以心伝心できるのだということを知った。彼らは、完全に“ヒイて”いたのだった。

私が分析するに、ナラティブセラピーは思想的に、ブリーフセラピーをモダーンの思想と捕らえ、自分たちの枠組みをポストモダンと位置付けている。そこで文化的なポストモダン主義―つまり、第三世界を先進国と対等に位置付ける動き―の思想とリンクしたのではないだろうか?つまり、これら両者のポストモダンという言葉が表している意味(深層構造)は全く違うけれど、言葉(表層構造)が同じだからいいじゃん、といったところである。

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