あたかも愛しているようにふるまうこと   1989.12

国谷誠朗

 今日、多くの家族が、愛情が不足しているかのように問題をとらえ、自分でつくった問題認識にとらわれて、なやんでいます。彼らは「あたかも愛しあっているかのように、ふるまってごらんなさい」と提案されるとビックリした顔をします。でも指示どおり、やってみると、「うちでも、案外愛情があったんだね」なんていう体験に導かれることがよくあります。

 「あたかも〜であるようにふるまいなさい」、英語でいうと AS  IF の技法については、ワツラウィックが「見ることを欲するならば、行動することを学びなさい」という講演の中で、その臨床心理学的意味を巧みに解説しています。【「21世紀の心理療法」(誠信書房)所載】

 その源流は、「あたかも信仰をもっているかのようにふるまいなさい」とすすめたフランスの哲学者、パスカルまでさかのぼることができます。 1911年にはドイツの哲学者、H・ヴァイヒンガーが「仮定の哲学 Philosophie des Als Ob を出版しています。催眠療法的助言というのも「あたかもある出来事が起きているかのように行動することを求める指令」ということになります。

 最近邦訳されたアサジ∃−リの「意志のはたらき」(誠信書房)では、AS IFの技法が 「巧みな意志」の活用の一つとして紹介されています。「あたかも〜のようにふるまう」ということは、自発性を発動するきっかけでもあるし、そのこと自体が自発的行為でもあります。セルフの臨床心理学とシステム論の接点はこんなところにも発見されます。家族システムの中で、自分は100%正しいと思っている人が、そうでないかのようにふるまえる時、健康な柔軟性があると言えるようです。

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